最高裁判所大法廷 昭和29年(あ)439号 判決 1955年2月09日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人池田克の上告趣意第一点について。
公職選挙法の規定によれば、一般犯罪の処刑者と、いわゆる選挙犯罪(同法二五二条一項、二項所定の罪)の処刑者との間において、選挙権被選挙権停止の処遇について、所論のような差違のあることは論旨主張のとおりである。論旨は、同法がひとしく犯罪の処刑者について、国民主権につながる重大な基本的人権の行使に関して、右のごとく差別して待遇することは、憲法一四条及び四四条の趣旨に反し、不当に国民の参政権を奪い、憲法の保障する基本的人権をおかすものである。よって原判決が本件に適用した公職選挙法二五二条一項及び三項の規定は、ともに憲法に違反するものであると主張する。
しかしながら、同法二五二条所定の選挙犯罪は、いずれも選挙の公正を害する犯罪であって、かかる犯罪の処刑者は、すなわち現に選挙の公正を害したものとして、選挙に関与せしめるに不適当なものとみとめるべきであるから、これを一定の期間、公職の選挙に関与することから排除するのは相当であって、他の一般犯罪の処刑者が選挙権被選挙権を停止されるとは、おのずから別個の事由にもとずくものである。されば選挙犯罪の処刑者について、一般犯罪の処刑者に比し、特に、厳に選挙権被選挙権停止の処遇を規定しても、これをもって所論のように条理に反する差別待遇というべきではないのである。(殊に、同条三項は、犯罪の態容その他情状によっては、第一項停止に関する規定を適用せず、またはその停止期間を短縮する等、具体的案件について、裁判によってその処遇を緩和するの途をも開いているのであって、一概に一般犯罪処刑者に比して、甚しく苛酷の待遇と論難することはあたらない。)
国民主権を宣言する憲法の下において、公職の選挙権が国民の最も重要な基本的権利の一であることは所論のとおりであるが、それだけに選挙の公正はあくまでも厳粛に保持されなければならないのであって、一旦この公正を阻害し、選挙に関与せしめることが不適当とみとめられるものは、しばらく、被選挙権、選挙権の行使から遠ざけて選挙の公正を確保すると共に、本人の反省を促すことは相当であるからこれを以て不当に国民の参政権を奪うものというべきではない。
されば、所論公職選挙法の規定は憲法に違反するとの論旨は採用することはできない。
同論旨第二点は量刑不当の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。また記録を精査しても、本件において、同四一一条を適用すべきものとはみとめられない。
よって同四〇八条により主文のとおり判決する。
この判決は上告趣意第一点に対する裁判官井上登、同真野毅、同斎藤悠輔、同岩松三郎及び同入江俊郎の意見を除くほか全裁判官の一致した意見によるものである。
上告趣意第一点に対する裁判官井上登、同真野毅及び同岩松三郎の意見は、次のとおりである。
公職選挙法二五二条一項、三項の規定が憲法一四条、同四四条但書に違反するものでない(論旨第一点に対する判示参照)とする多数意見の見解そのものには敢えて反対するものではない。しかし公職選挙法二五二条一項の規定はその明文上明らかなように同条項所定の公職選挙法違反の罪を犯した者が同条項所定の刑に処せられたということを法律事実として、その者が同条項所定の期間公職選挙法に規定する選挙権及び被選挙権を有しないという法律効果の発生することを定めているに過ぎない。すなわち右の選挙権及び被選挙権停止の効果は前示法律事実の存することによって法律上当然に発生するところなのであって、右刑を言渡す判決において本条項を適用しその旨を宣告することによって裁判の効力として発生せしめられるものではないのである。尤も同条三項には「裁判所は情状に因り刑の言渡と同時に第一項に規定する者に対し同項の五年間又は刑の執行猶予中の期間選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用せず若しくはその期間を短縮する旨を宣告……することができる」と規定されているので、漫然とそれを通読すれば、恰も裁判所は右刑の言渡と同時に常に必らず第一項の規定をその判決において適用すべきか否かを判断しなければならないものの如く考えられるかも知れない。しかし、その法意は第一項の規定の適用により法律上当然発生すべき法律効果を単に排除し得べきことを定めたものに過ぎないものであって、裁判所が右刑の言渡をなす判決において先ず自ら第一項を適用してこれによって同項所定の法律効果を発生せしむべきか否かを判断しなければならないことを規定したものではないのである。この事は右第一項と第三項との規定を対比しても容易に了解し得るばかりでなく、第三項には前示の如く、「……適用せず」とあるのに引続いて「若しくはその期間を短縮する旨を宣告……することができる」と併規されているのであって、これによって第一項の規定の適用により当然発生すべき法律効果たる所定の期間を改めて短縮し得ることを明確にしていることに徴して明らかであり、(この場合判決においてまず第一項の規定を適用して一応五年間選挙権及び被選挙権を停止することとした上で、更に第三項を適用して改めてその期間を短縮し得ることを規定したものでないことは勿論である。)同条第二項の規定が所定の法律事実の存することによって、判決による宣告を待つまでもなく、法律上当然に第一項所定の五年の期間が十年となることを定めていることによっても明白であろう。これを要するに公職選挙法二五二条一項の規定は同条項所定の公職選挙法違反事件において裁判所が判決で適用すべき法文ではなく、選挙の実施に当り当該処刑者が選挙権及び被選挙権を有するか否かを決するに際してその適用が考慮さるべきものに外ならない。されば、仮りに右条項が所論の理由により違憲であり、無効であるとしても選挙の実施に際し同条項該当者として選挙権及び被選挙権を有しないものとして措置された場合にその行政処分に対しこれを云為するは格別、同条項の適用そのものが全然問題とならない本件公職選挙法違反事件において、しかも同条項を現に適用してもいない原判決に対して、同条項の違憲を云為して法令違反ありというのは的なきに矢を射るの類に外ならない。この点に関する所論は上告適法の理由に当らないといわなければならない。
また同条三項の規定は同条一項所定の選挙法違反事件において同条項所定の刑を言渡す裁判所がこれを放置すれば同条項所定の法律効果が法律上当然に発生するから、情状を斟酌してその緩和措置を講じ得べきことを定めたものであり、現に原判決においても右第三項の規定を適用して被告人等に対して第一項所定の期間を二年に短縮する旨を宣告している。すなわち被告人等は原審が右第三項の規定を適用して前示の措置に出でなかったとすれば、同条第一項の規定により法律上当然に裁判確定の日から五年間選挙権及び被選挙権を有しないものとせらるべかりしところを、原審が右第三項の規定を適用したことによって三年の停止期間を免除せられたのであって、これによって被告人等は利益を受けこそすれ何等の不利益をも被ってはいないのである。それ故右第三項の規定が違憲であり同条項を適用した原判決を違法と主張する所論は結局被告人等の為めに不利益に原判決の変更を求めるに帰し、上告適法の理由とならない。
されば論旨第一点はすべて上告適法の理由に該当しないのであって、その理由の有無に関して審判することを要しないものといわなければならない。
上告趣意第一点に対する裁判官斎藤悠輔、同入江俊郎の意見は、次のとおりである。
本論旨が上告適法の理由とならないことは、井上、真野、岩松各裁判官の意見のとおりである。仮りに上告理由となるものとしても、論旨は、選挙権、被選挙権が国民主権につながる重大な基本権であり、憲法上法律を以てしても侵されない普遍、永久且つ固有の人権であることを前提としている。なるほど、日本国憲法前文において、主権が国民に存することを宣言し、また、同法一五条一項、三項において、公務員を選挙することは、国民固有の権利であり、公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する旨規定している。従って、選挙権については、国民主権につながる重大な基本権であるといえようが、被選挙権は、権利ではなく、権利能力であり、国民全体の奉仕者である公務員となり得べき資格である。そして、同法四四条本文は、両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定めると規定し、両議院の議員の選挙権、被選挙権については、わが憲法上他の諸外国と異り、すべて法律の規定するところに委ねている。されば、両権は、わが憲法上法律を以てしても侵されない普遍、永久且つ固有の人権であるとすることはできない。むしろ、わが憲法上法律は、選挙権、被選挙権並びにその欠格条件等につき憲法一四条、一五条三項、四四条但書の制限に反しない限り、時宜に応じ自由且つ合理的に規定し得べきものと解さなければならない。それ故、所論前提は是認できない。その他公職選挙法二五二条の規定(選挙犯罪に因る処刑者に対する選挙権及び被選挙権の停止)が憲法一四条、四四条但書に違反しないことについては、多数説に賛同する。
(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)